オールド・ベースボールにのめりこむ最初一冊  ピリカクラフト 武田主税

野球雲 創刊号 2012 autumn『タイ・カッブ自伝』
ベースボールマガジン社/1963年

野球に興味を持ったのが小学5年の頃で、なぜかその頃から記録に関心を持ち、打率、防御率、長打率の計算が楽しくてしょうがなかった。電卓がまだ高く紙に計算して架空の選手で通算成績も作ったりしていた。記録を掘り下げると、リアルな数字にこだわってくるので、当時の通算打率ナンバーワンは川上哲治の0.311、張本は現役TOPで3割2分以上で驚いていた。だから自分が想像するスーパースターの通算打率も3割2分位がリアルに感じていた。
そして、日本のプロ野球を知れば必然とアメリカの野球を知りたくなるのが常、そこで、メジャーの記録の本を読み出し、最初のページにあった通算打率のTOPを飾っていたのが「TY COBB」の3割6部6厘だった。そしてヒットの数は4191本(当時はそう記憶した)という恐るべき数字。子供ながら2000本安打がやっとの日本と比べたら打率もヒット数も天文学的に思えて、メジャーリーグの奥深さ、そしてタイ・カッブへの興味が膨らんだ。
そこで、「タイ・カッブ自伝」だ。今ではタイ・カッブのゴーストライターが書いた事で有名になっているが、読んだ時は、20世紀初期から1930年以前の野球の世界を教えてくれる教科書として、タイ・カッブのチームメイト、同時代の名選手が出てくる事に興奮しながら読み、調べていった。
本を読むと、野球に対する真摯な気持ち、タイガーズに対する忠誠心そして彼自身の野球理論、ライバルとの対決シーンなど、球聖ふさわしい生き方だ。しかし、読み込んでいくとチームメイトにいじめられたり、観客からの酷い野次球団オーナーとの対決が毎年出てくる。よくよく考えると、人間関係の複雑さ、彼の人との付き合い方があまりよろしくない事の裏返しに思えてきた。事実、調べてみるとかなりタフな性格だったようで、この時代でもひどすぎる人種差別者殴る蹴るはあたりまえの喧嘩上等で最悪な性格だったと、今では伝えられている。それでも、彼の野球は打って、走って、守るという基本を高みに上げた貢献は永遠だ。
粗暴なタイ・カッブだが、1928年に来日して、当時の大学野球選手には親切に指導したり、とても紳士的な対応でいたと云われている。当時の写真に写っている畳の上での宴会でおとなしく座っているのを見ると本当のタイ・カッブは一体どれなんだろう?と思えて個性的な魅力に惹かれてしまうのだ。残念ながら来日した話は本には載っていない。
日本のプロ野球創立の68年前にアメリカではプロ野球が始まり、20世紀初頭に現在のナショナル、アメリカン両リーグの2リーグ制になり、早慶戦全盛の頃タイ・カッブというモンスター・プレーヤーが活躍していたという時間軸に不思議な感覚もあり、オールド・ベースボールにのめりこんだ最初の1冊として「タイ・カッブ自伝」は、どんなに手垢で汚れても、文学的でなくても、今では伝説の時代を語ってくれる大事な蔵書の1冊だ。

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