幻のアミューズメントパーク「谷津遊園」

野球のある風景 京成谷津駅から徒歩5分、駅前の商店街を抜けると真っ青な空と海と見間違えるような谷津干潟が目に飛び込んできました!
あたりを見回してみるとカメラを担いだ人たちの多さにビックリ
w(*゜o゜*)w
 谷津干潟はラムサール条約で保護された渡り鳥の希少な生息地としてその筋には有名なところと知ったのは後のことでした。そんな人たちの横を通り過ぎていくと突然大きな碑に出会いました。「巨人軍発祥の地」と書かれたその碑は京成バラ園の横にひっそりと建っていました。
 なぜ千葉は習志野に「巨人軍発祥の地」?この横のバラ園はいったい何?疑問はつきません。
 そこで調べてみたところ谷津干潟には巨大な遊園地があり干潟に飛び出すジェットコースターや巨大な観覧車があったそうです(ノ゚o゚)ノ
 バラ園はその遊園地の併設施設で後に習志野市に譲渡され現在まで残ったそうです。遊園地は昭和57年(1982)まで営業していたようで虎さんの30作目「男はつらいよ 花も嵐も寅次郎」(昭和57年公開)にはまだ結婚前の田中裕子と沢田研二が演じるアベックがデートをする遊園地として登場します。

初のプロ・メンバー谷津に集合

野球のある風景 谷津干潟は大正時代に一部埋め立てが行われ大正14年(1925)に谷津遊園という名前で遊園地が開園されました。その後昭和6年(1931)には阪東妻三郎(古畑任三郎でおなじみ田村正和のお父さんです)によって撮影所も解説され千葉の一大アミューズメントパークとなりました。
 そして昭和9年(1934)!来日したアメリカ選抜野球チームと対抗するために結成された東京六大学出身者を中心とした全日本チームがここで練習を行い、その全日本チームが後の東京巨人軍になったそうです。その経緯から戦後この場所に碑がたてられたということでした。
 東京ディズニーリゾートができるより約60年も前に千葉にこれだけの遊園地があって、しかも創世記の巨人軍が練習をしていたなんて・・・生まれも育ちも千葉の僕も知りませんでした。そんな強者どもが夢のあとをファインダー越しに見つめてその碑は野球遺産を離れました。
 さて、次回はどこへ行きましょうか?
散歩とカメラ 萩原 光