岡山県出身、明治大学卒業後昭和30年(1956)大洋に入団し、大洋一筋の大投手。新人から馬車馬のように投げ続け、初年度から9年連続200回以上を投げ、2年目には400回を越えた。最初の9年で181勝をあげ、弱小球団を支えた、新人王と優勝した年に勝率1位と防御率のタイトルを取っただけなのは、あまりにも弱い球団にいたからなのは間違いない。下手投げのシュート使いとしても有名。あれだけ負けた球団の中で通算勝率が5割を越えているのが名投手の証。死去後野球殿堂入り。