明治大学を経て社会人野球で大活躍のあと、昭和25年(1950)毎日オリオンズに入団、先発ローテーション投手として優勝に貢献。打たせてとるタイプで被安打が多い割りに勝率が良いのは併殺打を打たせるのが多いためと思われる。ユニオンズ移籍後も安定したピッチングを披露し、初年度に15勝を記録した。