野球ゲームにレイヤーされた世界   かわうそ堂・泉谷武蔵

野球雲 創刊号 2012 autumn『ユニヴァーサル野球協会』
ロバート・クーヴァー著/越川芳明訳
単行本:若林出版/1985年
文庫本:新潮社/1990年

「ユニヴァーサル野球協会」はアメリカの作家ロバート・クーヴァーが1968年に発表した小説です(邦訳は1985年)。彼が書く作品は一般に「ポストモダン小説」とか「メタ・フィクション」というふうに紹介されることが多いのですが、じゃあ「ポストモダン小説」あるいは「メタ・フィクション」ってなあに?という疑問もあろうかと思いますので、ざっくりとですが、ぼくなりにご説明いたします。
近代文学の起源をセルバンテスの「ドン・キホーテ」としますと、すでに350年以上が経過しています(1960年代当時)。なのに小説の書き方がほとんど変わっていなのはいかがなものか?350年前と同じ方法で作曲している音楽家などもういないというのに、というような疑問を一部の小説家たちが持ち始めました。そこで新しい小説の書き方を求めて様々な試みがなされました。例えば、ふつうは1ページ目を読み終わったら2ページに進みます。
しかしポストモダン小説においては1ページの次に、いきなり39ページに飛ばされることもあるのです。これは一つの例ですが、当たり前のように主人公がいて、彼の住む世界があって、そこで何かが起きて、という使い古された形式(リアリズム)を見直しましょう、といったような試みです。引用、パロディ、入れ子構造、タイポグラフィックな表現、自己言及的な作品などなど、中にはとても読めたもんじゃないものもあります。そして当然ですが、これらは読者にも今までにない読み方を要請することにもなります。
さて前置きが長くなりました。ぼくがご紹介する「ユニヴァーサル野球協会」はそんな中にあって、かなり読みやすい部類の小説です。なぜならこの小説には「一応」主人公がいて、彼の生きるリアルな世界が存在するからです。主人公の名は「ヘンリー」。50がらみの孤独な会計士。彼には仕事や恋愛以上に長年打ち込んでいるものがあります。それは彼自身が創造した「野球ゲーム」です。
つまり「ユニヴァーサル野球協会」とは、彼の頭の中に存在する架空のプロ野球リーグなのです。それは全8チーム、各チーム21名の選手登録があり、試合はサイコロ三つと一覧表によって進められます。投手と野手にはそれぞれ3通りあって(投手:エース/レギュラー/ルーキー、野手:スター/レギュラー/ルーキー)、同じ出目でも対戦の組合せによって参照する一覧表が変わってきます。また1か6の3ゾロが出たら、次の出目には「緊迫プレー一覧表」という特殊なチャートを参照することになり、さらにそれが2回続いたら(きわめて稀ですが)殴り合いから八百長までどんなことでも起こりうる「大事件一覧表」が参照されます。
すべての結果は記録され、シーズンオフにはトレードや新人の入団などもあります。驚くべきは、このゲームの世界には選手一人一人に名前があり、個性があり、56シーズンの歴史があり、その中では死や世代交代もあり、さらに球団の経営状況や複数の政党、カルチャー(本や酒場・流行歌)まで存在するのです。これらはすべてヘンリーの想像の中で肉付けされるのです(今だったらプログラムに書いてパソコン・ゲームとして実現しそうで、想像するだけでもワクワクします)。
そんな中、大事件が起きます。ルーキーの投手デイモン・ラザフォードが史上初の完全試合を成し遂げたかと思うと、次の登板試合でビーンボールにより死んでしまうのです。これによりヘンリーの実人生が少しずつおかしくなってきます。ゲームの世界が現実を侵食し始めるのです。ひとり言が多くなり、無断欠勤が増えついには勤めていた会計事務所を馘になります。(と、ここでぼくらは気づきます。これは現代の「非リア充」あるいは「ネトゲ廃人」的な状況にそっくりです。)この先は読んでからのお楽しみとしましょう。
小説の構造としては、作品内に虚構(ゲーム世界)が存在するという入れ子構造で、さらに「創世記」のパロディにもなっております。ヘンリー=神=小説家という自己言及的な側面もあります。まあ文学論的にも興味は尽きませんが、単にイカレた中年オヤジのブッ飛んだ物語として楽しく読めるという、稀有な作品なのです。残念ながらこの本は現在絶版となっておりますが、古書価はそれほど高騰しておりませんので、どこかの古本屋で見かけたらぜひ手に取ってみてください。

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